仕事・生活・学習の土台となる記憶 ワーキングメモリー

コラム

ワーキングメモリとは

隣の部屋に物を取りに行ったけど、何を取りに来たか忘れてしまった…。

こんな経験をされたことのある方も多いのではないでしょうか?

これは、「一時的に情報を覚えておくこと」が、スムーズにいかなかった例です。

このような、“頭の中で、一時的に情報を覚えておく記憶”のことを、ワーキングメモリーといいます。

日常生活や、お仕事、学びのさまざまな場面において、このワーキングメモリーは大切な役割を担っています。

そして、ワーキングメモリのはたらきが弱い場合、いろいろな困りごとが出てくることがあります。

今回は、ワーキングメモリとはどんなものなのか、ワーキングメモリが弱いとどんな困りごとが出てくるのか、そしてワーキングメモリをサポートする方法をご紹介していきたいと思います。

 短期記憶との違い 

短期記憶という言葉は聞いたことがある方も多いかと思います。
短期記憶とワーキングメモリには、どのような違いがあるのでしょうか。
ワーキングメモリも短期記憶(近時記憶)も、“一時的な記憶”という意味ではほぼ同じと言われています。
一方、ワーキングメモリは一時的な記憶だけでなく、覚えた情報の整理や操作も含めた記憶のことを言います(堂山ら、2012)。

つまり、短期記憶は、単に「言われたことを覚えておく」ような“機械的な記憶”を意味し、ワーキングメモリは、「言われたことを覚えながら頭の中で整理する」といったプロセスも含んだ記憶なのです。

  • 「聞きながら整理する」
  • 「読みながら書き写す」
  • 「話しながら整理する」

といった、いわゆるマルチタスクには、このワーキングメモリが関わっています。

私は心理士として、普段ワーキングメモリの力をはかる心理検査を行うこともありますが、その中では、
「機械的な記憶のキャパシティはたくさんあるけど、覚えながら考えるようなマルチタスクが入ってくるのは苦手」、「機械的な記憶のキャパシティはそこまで多くはないけど、マルチタスクは得意」など、様々なタイプの方に出会います。 

 ワーキングメモリーの得手不得手

また、ワーキングメモリという記憶のはたらき方には、人それぞれ個性や、得意不得意があります。

これは、どんな情報を覚えるのか(①言語/視覚[非言語])によって変わってきます。

また、目か耳、どの感覚器官を通して覚えるか(②見る/聞く)によっても変わってきます。

①言語/視覚[非言語]

同じ“一時的な記憶”でも、言葉に関する情報を覚えるのが得意な人もいれば、絵や図表やイメージに関する情報を覚えるのが得意な人もいます。なぜなら、覚える情報によって、メインではたらく脳の部位は変わってくると言われており、そうした脳の特性は、一人ひとり異なるからです。

道順を覚える時のことを例に挙げてみます。
視覚(非言語)に関する情報の記憶よりも、言葉に関する情報の記憶がより強い方の場合には、言葉で道順を覚えようとします。「3つ目の角を曲がって、スーパーを通り過ぎて、…」といった風です。

一方、視覚に関する情報を覚えるのが、言語に関する情報を覚えるよりよりも得意な場合は、言葉よりも、地図や、写真などで覚えることを好んだりします。

②聞く/見る

また、覚える情報を、目と耳のどちらからインプットするか、ということも、情報の覚えやすさに関わってきます。同じ情報でも、耳で聞いて覚える方が得意な人もいれば、目で見て覚える方が得意な人がいるのです。

実際、研修中や、講義・授業中に上司や講師の説明がなかなか頭に入ってこないけど、自分で静かに資料や教科書を読むと、学ぶ内容がすっと入ってくる、という方もおられます。
その場合は、聞く記憶よりも、見る記憶が得意なタイプである、ということも多くあります。

ワーキングメモリーが弱い場合の困りごと

これらの、ワーキングメモリーが弱い場合の困りごとには、次のようなものがあります。

  • 発表の挙手をしても、当てられて立ち上がったところで、自分が何を言おうとしていたか忘れてしまう
  • 話しているうちに脱線し、もともと何を話していたかを忘れてしまう
  • 黒板の文字をノートに移すときに、何度も視線を上げ下げしないと進まない
  • いくつか同時に指示を出したら1つしか覚えていない
  • 話しているうちに脱線し、もともと何を話していたかを忘れてしまう

などです。

このような困りごとは、一見、「さぼっている」「やる気がない」と誤解されやすいものでもあります。そのため、ワーキングメモリが弱い場合は、自信や自己肯定感が低下しやすい印象があります。
そのため、まずは、こうした特徴を「ワーキングメモリが関係しているかもしれない」、という視点で見てみることも大切です。

ワーキングメモリーは伸ばせる?

ワーキングメモリのキャパシティは、年齢によって変化します。子どもの場合はたくさん覚えることが難しく、青年期(高校~大学生)にかけて覚えられる量は増えていきます。そして、青年期を頂点としてゆるやかに得点が下降していきます。

また、同じ年代でも、ワーキングメモリの強い人と弱い人がいます。同じ年齢の人に同じ量の指示を出しても、全て覚えておける人と、それが難しい人がいます(河村、2021)。

ワーキングメモリが同じ年齢の人よりも弱い場合、トレーニングで鍛えるのはどうだろうか、という発想が出てくるのは自然なことだと思います。
しかし、ワーキングメモリのトレーニング自体には、あまり効果がないという報告もあります(河村、2021)。
また何かを覚えたり、こなしたりする作業にはメンタルの要素も影響するため、トレーニングがプレッシャーになると、かえってワーキングメモリがうまく働きにくくなるケースも実際にあります。

そのため、トレーニングというよりはむしろ、ワーキングメモリの弱さを補う工夫をしたり、得意を活かしたサポートを考えたり、別の得意分野を伸ばしたりといったことに目を向けていくことが大切です。

サポートの方法、補う工夫

では、実際に、ワーキングメモリに弱さがある場合のサポートの例をご紹介します。

言葉の情報の方が、絵や図表に関する情報よりも覚えやすい場合

・お子さんの場合は、絵や図表の読み取りで苦戦している場合など、丁寧な言葉での説明をつけてあげる。


言葉の情報よりも、絵や図表に関する情報の方が覚えやすい場合

・お子さんの場合は、文章題や読解問題で苦戦している場合には、絵や図表を添えて説明してあげる。
・大人の場合は、絵や図表で整理しながら読み進めてみる。


聞いて覚える方が、見て覚えるよりも得意な場合

・新しいことを覚える時には、音読してみる、また、声に出して覚えてみる。


聞いて覚えるよりも、見て覚える方が得意な場合

・学習では動画を活用してみる。

・一斉学習や集団の研修だけでなく、自分で資料や教科書を読み込む自主学習の時間も大切にする。


環境を整える

・静かで、目に入る刺激も少ない環境を選び、集中しやすくする


会話の工夫

・お子さんの場合、一度にたくさんのことを伝えないようにする。

・お子さんの場合は、指示をある程度整理してから伝える(例:これから○○について言うね。まず1つ目は、~。)

・メモや、録音を活用する。


新しい単元や課題の導入時の説明は丁寧に

・時間をかけて定着を目指し、取り組む時間に余裕をもたせる。

・お子さんの場合、同じ説明をゆっくり何度も繰り返す。

・お子さんの場合、課題のルールを箇条書きにしたメモを手渡す

※ワーキングメモリが弱い場合、新しい単元の学習で負担がかかりやすいため

代替アプローチ

・板書が苦手な場合、書かなくても済むように一部だけを空欄にしたプリントを配ってもらう

・タブレットで黒板を撮影する

ここでご紹介したサポートはあくまで例であり、どんなサポートが合うのかは、その人のワーキングメモリの能力の特徴や、もともと持っている個性によっても変わってきます。
詳しいサポート方法を知る場合には、専門機関で心理検査などを行い、ワーキングメモリの特徴を把握してみるのもひとつです。

最後に

以上、ワーキングメモリとはなにか、ワーキングメモリが弱いとどんな困りごとが起こるか、サポートの方法などについて解説しました。

伝えた指示内容がすぐ抜けてしまう、板書のスピードがゆっくりなどの気になる行動は、一見「やる気の問題」ように思われがちですが、実はワーキングメモリの特徴が関わっているのかもしれません。

ワーキングメモリは、その機能自体を大きく変化させることは難しいものの、周囲のサポートや工夫で、ワーキングメモリに関する困りごとを少なくすることは可能です。
ワーキングメモリの特徴や個性を理解した上で、よりよい方法を探してきましょう。


心理臨床オフィス ルナールでは、仕事や学習、認知機能や発達に関するご相談も承っています。

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【参考・引用文献】
「教室の中のワーキングメモリ 弱さのある子に配慮した支援」 (2021) 河村 暁 著
「視空間ワーキングメモリと短期記憶に関する研究」(2012) 堂山 亞希、橋本創一 
「機能的MRIを用いた視覚性ワーキングメモリ課題における脳活動の検討」(2009)斎藤 恵一、安藤 貴泰、百瀬 桂子

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